平成29年 9月21日
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
東芝デバイス&ストレージ株式会社
欠陥の分布表示で次世代半導体のデバイスプロセス技術の改良を促進
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門【研究部門長 野中 秀彦】 津田 浩 総括研究主幹、同部門 非破壊計測研究グループ 李 志遠 主任研究員、王 慶華 研究員と、東芝デバイス&ストレージ株式会社【取締役社長 福地 浩志】(以下「東芝デバイス&ストレージ」という)は共同で、結晶の透過電子顕微鏡画像から欠陥を検出できる画像処理技術を開発した。
近年、半導体の性能・寿命を保証するため、半導体デバイスの製造時に発生する構造欠陥を精密に制御するプロセス技術の確立が求められている。原子レベルの欠陥は、従来、透過電子顕微鏡で撮影された高分解能原子配列画像を人が観察して評価していたが、高倍率にするほど視野が狭くなるため、広い領域で欠陥を評価するには非常に手間が掛かっていた。今回開発した技術は、結晶の透過電子顕微鏡画像の広い領域で欠陥を容易に検出できる画像処理である。この技術を次世代パワーデバイスとして期待されている窒化ガリウム(GaN)半導体の透過電子顕微鏡画像に適用したところ、画像全体で欠陥の一種である転位の分布を評価することができた。開発した技術は、半導体デバイスの製造プロセス改良への貢献が期待される。
なお、この技術の詳細は、9月19日(現地時間)に英国科学誌Nanotechnologyのオンライン版にAccepted Manuscriptとして掲載された。また、9月22日に国際会議 International Conference on Solid State Devices and Materials(SSDM2017)において発表される。
は【用語の説明】参照
GaN半導体は近年、次世代の省エネ用電力変換・制御デバイス(パワーデバイス)として期待されている。GaNデバイスの製造では、結晶成長用の基板材料との格子定数や熱膨張係数の違いから、線状の結晶欠陥である転位がGaN結晶中に高密度に発生することがある。デバイス内の転位は、性能や寿命に大きな影響を及ぼすため、製造プロセスが転位の密度や分布に及ぼす影響を評価できれば、デバイスの性能向上や長寿命化に最適な製造プロセス技術の確立につながる。原子配列構造は透過電子顕微鏡を用いて数百万倍に拡大することで観察可能になるが、高倍率にするほど視野が狭くなるため、広い範囲にわたって視野を移動しながら転位を観察するのは容易ではなく、デバイス全体の広範囲にわたって転位分布を網羅的に評価することは極めて困難であった。
産総研は、これまで計測対象の規則的な模様を利用して、橋梁などの大型構造物の変形分布を計測する技術を開発してきた(2016年8月31日 産総研プレス発表)。この技術は規則的な模様の大きさに関係なく利用できるため、転位など原子配列を乱す構造欠陥の検出に適用することを考えた。一方、半導体デバイスメーカーである東芝デバイス&ストレージは、半導体の製造プロセス改良のために、電子顕微鏡画像から半導体の転位分布を簡単に評価できる技術を模索していた。
今回、産総研は東芝デバイス&ストレージから製造プロセス条件の異なるGaN半導体デバイスの透過電子顕微鏡画像の提供を受けて転位分布の評価に取り組んだ。
今回開発した欠陥検出技術はモアレ縞を利用する。結晶の原子配列を規則的な格子と見なし、サンプリングモアレ法からモアレ縞を作成する。モアレ縞は結晶格子を拡大した模様に相当することから、格子に変形をもたらす転位が存在する箇所ではモアレ縞に不連続な変化が現れると考えられる。この考えを検証するために、図1に示すシミュレーションを行った。
まず、図1(a)に示す2次元格子配列像を作成した。この2次元格子配列には、Y軸格子に4つの転位を含んでいる。通常、透過電子顕微鏡で撮影された原子配列画像には多くのノイズが含まれ不明瞭である。実際の電子顕微鏡画像を模擬するために、図1(a)にノイズを重ねた解析画像(図1(b))を作成した。この解析画像をフーリエ変換フィルタリングするとX軸方向やY軸方向だけの格子像に分離できる。図1(c)に図1(b)のフーリエ変換フィルタリングにより得られたY軸格子像を示す。用いた画像のY軸方向の格子間隔は比較的大きいため、Y軸格子像から4つの転位が観察できるものの、格子間隔が狭い場合は転位の観察は難しくなる。さらに転位の検出を容易にするため、図1(c)の格子像をサンプリングモアレ法により拡大した。図1(d)に格子像のY軸方向を約3倍に拡大したサンプリングモアレ縞の位相図を示す。図1(c)のY軸格子像に比べて、格子間隔を拡大したサンプリングモアレ縞の位相図では転位はモアレ縞の終点や分岐点として目視でも簡単に検出できる。また画像処理によってモアレ縞の終点や分岐点を自動的に検出して、電子顕微鏡画像全体で転位の数や分布を評価できる。
次に、シミュレーションで検証したこの画像処理技術をGaN半導体の透過電子顕微鏡画像に適用し、転位の検出を試みた。図2は解析に用いたGaN半導体断面の透過電子顕微鏡画像である。この画像はY軸方向上部から保護層、34 nm厚のGaN、14 nm厚の窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)、バッファー層から構成され、大きさは48 nm×54 nmである。最上部の保護層は非晶質で格子構造が観察できないため解析対象から除外した。GaN層の一部を拡大した画像を図2右側に示す。X軸格子とY軸格子の格子間隔はそれぞれ0.27 nmと0.50 nmであった。
この画像にフーリエ変換フィルタリング処理して得られたX軸とY軸格子像(図3)の格子間隔は狭く、格子像から転位を目視で検出することは容易ではない。そこでこの格子像にサンプリングモアレ法を適用してX軸格子とY軸格子のサンプリングモアレ縞の位相図を得た(図4)。X軸格子とY軸格子はサンプリングモアレ法によりそれぞれ4倍と2.7倍に拡大されている。図2に示した電子顕微鏡画像の原子配列は不明瞭であったが、図4に示す原子配列を拡大したサンプリングモアレ縞の位相図は明瞭で、転位を示すモアレ縞の終点や分岐点が目視でも容易に確認できる。
図4の位相図に画像処理を施して検出したモアレ縞の終点や分岐点、すなわち転位を図5に示す。X軸格子の転位は青で、Y軸格子の転位は赤で示してある。積層方向であるY軸格子には多くの転位があることが分かる。GaN層では中心部における転位が少なく、保護層やAlGaN層との界面近くには多くの転位が存在した。AlGaN層では、層全体に均一に転位が分布しており、転位密度は他の層よりも高かった。また積層方向に垂直なX軸格子の転位は、GaN層とAlGaN層の界面に集中していることが分かった。
今回開発した技術により、広い領域の透過電子顕微鏡画像から転位分布を評価できる。この技術を用いて製造プロセスが転位分布に及ぼす影響を評価することで、転位の少ない高性能、長寿命の半導体デバイスの製造プロセスの確立が期待される。
今後は開発した技術を利用して半導体デバイスの製造プロセス改善に繋げる取り組みを継続しながら、汎用の透過電子顕微鏡画像解析システムとして画像処理ツールの提供や解析技術の製品化を目指す。
窒素とガリウムからなる半導体で、青色発光ダイオードの材料として用いられる。他の半導体と比較して、熱伝導率が大きく、高温動作が可能、電子飽和速度が高く、絶縁破壊電圧が高いことから低損失パワーデバイスや高周波電子デバイスとしての利用が期待されている。これらの特性を保持するために必要な結晶の品質を実現できる製造プロセスの確立が課題とされている。
結晶中に含まれる線状欠陥のこと。GaNは結晶成長の際に格子定数が近い適当な下地基板がなく、サファイアなどが利用されている。基板とGaNの格子定数と熱膨張率は大きく異なるため格子不整合により高密度の転位がGaN結晶中に発生する。デバイス内の転位はデバイスの寿命、性能に悪影響を及ぼすことから、転位を低減させるために製造プロセスの改良が計られている。
格子間隔が近い二つの格子を重ねたときに現れる周期的な模様のこと。一方の格子をわずかに変形させると大きくモアレ模様が変化する。下図は、一方の格子を1%だけ変形させたときに現れるモアレ模様の大きな変化を示す。
一方の格子の横方向を1%拡大させたときに観察されるモアレ縞の模様変化
空間領域で周期性のある原子配列は2次元フーリエ変換することで、空間周波数領域に表現される。空間周波数領域のデータは2次元逆フーリエ変換することで、空間領域データに変換される。結晶の電子顕微鏡画像を2次元フーリエ変換すると、X軸とY軸の格子間隔に対応する空間周波数を主成分とする要素に分解することができ、得られたX軸とY軸格子の空間周波数成分をそれぞれ個別に2次元逆フーリエ変換するとX軸とY軸の格子間隔に等しいバンドパスフィルタ処理されたそれぞれの軸方向の格子像が得られる。この画像処理をフーリエ変換フィルタリングと呼ぶ。
フーリエ変換フィルタリングの説明図
一枚の格子画像から間引き処理により複数の位相シフトしたモアレ画像を作りだす画像処理技術のことで、位相シフト計算からモアレ縞の位相分布を高精度に求めることができる。図(a)の周期性模様をデジタル画像として図(b)の小さな四角形で示す画素毎に保存することを考える。図(b)に示す各画素に保存される輝度情報は画素に含まれる白と黒の面積比に応じて図(c)で表される。この段階では格子模様を保存しただけで、モアレ縞は観察されない。周期模様一周期当たりの画素数毎、この場合、4画素毎に起点を変えて画素データを間引くと図(d)が得られる。図(d)のデータが欠落した画素の輝度値を線形補間すると位相シフトしたモアレ縞である図(e)が得られる。モアレ縞の位相はこれらの位相シフトされた複数枚のモアレ縞画像から、図(f)のように高精度に評価することができる。サンプリングモアレ法から作成されるモアレ縞は解析対象である格子の拡大像となり、拡大率は間引き数に依存する。
サンプリングモアレ法による位相解析
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