MOSFETの三次元熱流体解析: 熱シミュレーションに適した簡易CFDモデルの展開

パワーデバイスの問題のひとつに発熱があり、さまざまな性能問題を引き起こします。このような熱問題は、パワーデバイスと周辺回路の信頼性に影響を及ぼすため、数値流体力学(CFD: Computational Fluid Dynamics)を用いたシミュレーションによる熱設計が重要になります。CFDによる熱シミュレーションで使用するデバイスモデルを開発しようとするとデバイスの構造によって、相当な時間を要する可能性があります。

Facebook 東芝デバイス&ストレージ 公式X LinkedIn

はじめに

これは、図1: 熱シミュレーションで使用される簡易3D MOSFETモデルの画像です。
図1: 熱シミュレーションで使用される簡易3D MOSFETモデル

本稿では、熱シミュレーションで使用するための図1に示すような簡略化したMOSFETモデル、熱シミュレーション結果の確認方法の例、それらを熱シミュレーションで使用するための手順(およびリンク)を紹介します。

第1章: MOSFETで熱解析が重要な理由

MOSFETによって発生する熱は、回路全体に影響を与えるさまざまな性能問題を引き起こす可能性があり、場合によっては周辺デバイスの機能にも影響を与えます。たとえば、MOSFETから発生する熱の影響を最小限に抑えるために、MOSFETを筐体に組み込むための熱設計ガイドラインが存在します。

熱設計に用いられる熱解析手法は、大きくは2つに分類されます。

  • 熱が流れる経路を電気回路網に変換し単純化したモデルをSPICEシミュレーションで使用することで、一次元の挙動のみを考慮した解析が行われます。
  • 部品形状から生成した三次元のモデルをCFDによる熱シミュレーションで使用することで、流体の三次元挙動が計算され、実機では見ることができない内部も含めた温度分布や流体の流れを可視化して確認することができます。

参照リンク:

第2章: 熱解析のためのCFDとは

CFDは、数値計算法、データ構造、流体力学を組み合わせたもので、流体の流れに関連する解析を行う事が可能です。CFDは、エレクトロニクス部品の熱解析や熱管理など、複雑な熱の挙動を確認するために広く使用されています。

熱解析にCFDを使用することには、いくつかの利点があります。たとえば、基板レイアウトや使用部品の設計変更は、実機評価よりもシミュレーションの方がはるかに低コストで実施できます。CFD解析者の技量によっては、解析結果が非常に正確なものとなり、熱挙動や相互作用に関する理解を深めることができます。また、CFDの結果は、温度、熱の流れ、流体の流れなどを可視化することができるため、非常に解析の助けとなります。

回路上では部品同士が熱的に複雑に影響するため、CFDを用いたMOSFETの熱シミュレーションには次の3つの異なる伝熱の形態が含まれます。

  • 部品間の物理的な接触による伝導
  • 流体(空気など)が部品の周囲を移動することによる対流
  • ある部品(MOSFETなど)は熱を発生し、他の物体は熱を吸収する、放射

このような複雑な形態を解析する上で、簡略化したMOSFETモデルは有用で、シミュレーションの計算時間が短くなる、収束性が良くなるなどのメリットがあります。
当社では、この簡略化した「簡易CFDモデル」の整備を進めています。

第3章: MOSFETの熱解析のための簡易CFDモデル

これは、図2: 簡易CFDモデルの画像です。
図2: 簡易CFDモデル

図2のモデルは、熱流経路に影響を与える実際の部品形状をブロック形状に簡略化したものです。このモデルは、個々の部品(モールド、チップ、半田、ゲート・ソースピン、および露出したドレインパッド)と、各部品の材料物性値で構成されています。

図2の略語の意味は以下の通りです。

  • Mold: モールド
  • Chip: 半導体チップ
  • SolderM: 半導体チップ実装用の半田
  • PinGS: ゲートピンとソースピン(共通ブロック)
  • E-pad: パッケージの底面に露出しているドレインパッド
これは、図3: 材料物性値ファイルの画像です。
図3: 材料物性値ファイル

簡易CFDモデルには各部品の材料物性値が必要であり、熱伝導率、比熱、密度の一般的な値を図3に示します。

第4章: 簡易CFDモデルを使用した熱シミュレーションの例

この例では、表面温度分布、断面温度分布、熱流、流速などを含む、MOSFETの簡易CFDモデルを用いて得られた結果を示しています。

4-1: 目的

これは、図4: シミュレーション例で使用したモデルの画像です。
図4: シミュレーション例で使用したモデル

この例は、インバーター回路を想定した基板モデルの熱シミュレーションです。それぞれのMOSFETや周辺の温度を確認することを目的としています。図4は、6個のMOSFETをヒートシンク付き基板に実装した状態を示しています。MOSFETには、図3に示した材料物性値を使用しています。

4-2: 表面温度分布

これは、図5: 表面温度分布の画像です。
図5: 表面温度分布

図5は、基板全体の表面温度分布、右上のMOSFETのモールド表面、MOSFET内部の温度分布を示しています。

図5から、MOSFETで発生した熱は基板やヒートシンクの外側に広がっていることがわかります。MOSFET内部の温度分布を把握するために、熱流体解析ツールの表示設定では、実セットでは見ることができない、チップなどデバイス内の温度を確認することができます。

これは、図6: 基板内部の温度分布の画像です。
図6: 基板内部の温度分布

図6の拡大図は、ビアとCu層を含む基板内部の温度分布を示しており、MOSFET自体は表示していません。この例は、基板上で右端に配置されているMOSFET周辺の温度分布です。左画像の基板温度分布では隣接するMOSFETの影響と、隣接するMOSFETがない場合の温度分布の違いが確認できます。また、MOSFETから離れるほど基板温度が低くなっています。これは、それぞれのMOSFETの簡易CFDモデルの熱が基板に伝わり、影響を受け合っていることを示しています。 

4-3: 断面温度分布

これは、図7: 断面の温度分布の画像です。
図7: 断面の温度分布

図7は、ヒートシンクの二次元断面温度分布を中央からとらえたものです。まず、MOSFETが配置されているヒートシンクの中心に向かって温度が最も高くなっていることが分かります。これは、発熱したそれぞれのMOSFETの簡易CFDモデルの熱がヒートシンクまで伝わっていることを示しています。

このような見方は、ヒートシンクが放熱する熱量と熱の広がりを確認するのに役立ちます。ヒートシンクではMOSFET配置部を中心にフィン先端まで熱が伝わっていることが分かります。

4-4: 空気(流体)の速度や流れ

これは、図8: 空気の流速と流れる経路/温度の画像です。
図8: 空気の流速と流れる経路/温度

図8は、解析時に設定したシミュレーションチャンバー内の空気(流体)の速度や流れ方を表示しています。左側の図では流速分布、右側の図では流れる経路が確認できます。 

第5章: 簡易CFDモデルの利用方法

これは、図9: 材料物性値テキストファイルの標準的な内容の画像です。
図9: 材料物性値テキストファイルの標準的な内容

この簡易CFDモデルは熱流体解析ツールで使用することができます。モデルは当社ホームページ内で公開されており、下の参照リンクより利用可能な東芝製MOSFETを確認できます。ダウンロードしたファイルには、以下の内容が圧縮された形で提供されます。

  1. MOSFETの熱伝導率、比熱、密度が記載された材料物性値テキスト(.txt)ファイル その例を図9に示します。
  2. MOSFETの簡略化された3Dモデルを含むSTEP(*.stp)ファイル

これらのファイルをご使用の熱流体解析ツールにインポートすることで熱シミュレーションが可能となります。

熱シミュレーションに簡易CFDモデルを使用する手順は以下の通りです。

  1. 目的のMOSFETの圧縮ファイルをダウンロードし、任意のフォルダに解凍
  2. 使用する熱流体解析ツールの専用CADツールで簡易CFDモデルをシミュレーションモデルへ変換
  3. シミュレーションモデルを熱流体解析ツールにインポート
  4. インポートしたモデルの各部品に材料物性値テキストファイルに記述されている物性値を割当
  5. 熱シミュレーションの実行

モデルのインポートや物性値の設定など不明な点については、お使いのツールベンダーへお問い合わせください。

参照リンク:

まとめ

熱解析の熱シミュレーションにMOSFETを含めることは重要ですが、MOSFETのモデルが多岐にわたるため、しばしば複雑になります。本稿では、CFDを用いた熱シミュレーションに使用することができるMOSFETの簡易モデルを紹介しました。必要なのは、STEPファイル形式のMOSFETの3DモデルとMOSFETの材料物性値だけであり、いずれも当社ホームページから数百種類のMOSFET用にダウンロードすることができます。