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バイポーラ-トランジスター(BJT)は、能動領域においてベース電流によってコレクター電流を制御できますが、この関係は内部のキャリアー輸送条件によって成り立っています。本FAQでは、能動領域と飽和領域におけるキャリアーの拡散・回収(引き抜き)・滞留・再結合といった輸送過程の違いから、その物理的な仕組みを整理します。
この記事で分かること
バイポーラートランジスター(BJT、一般には「バイポーラトランジスタ」とも表記されます)は、能動領域において、小さなベース電流(IB)によってコレクター電流(IC)を制御できる素子として知られています。しかし、この性質はすべての動作状態で常に成り立つわけではありません。
物理的に見ると、ベース電流が直接コレクター電流を「引っ張っている」わけではなく、トランジスター内部のキャリアー(電子と正孔)の輸送条件が適切に保たれている場合にのみ、ベース電流とコレクター電流の比例関係が成立します。この内部条件が変化すると、同じトランジスターであっても、電流増幅動作は成立せず、回路的にはスイッチとして振る舞うようになります。
本ドキュメントでは、トランジスター内部のキャリアーの振る舞いに着目し、以下の点を軸に、能動領域と飽和領域の違いを物理的に整理します。
キャリアーの拡散、滞留、再結合といった現象を手がかりに、外部回路条件と内部物理の関係を結び付けながら、バイポーラートランジスターの動作を基礎から解説していきます。
以下では説明を簡潔にするため、NPNトランジスターを例に説明します(PNPも極性を反転すれば同様に考えられます)。
バイポーラートランジスタ(BJT)は、コレクターにエミッターより高い電位が与えられた状態で、ベース-エミッター接合を順方向にバイアスすることにより電流が流れ始め、ベースに流れる電流に応じてコレクター電流が変化する半導体デバイスです。この電流が流れる状態をオン状態と呼びます。オン状態は、動作条件の違いによって能動領域と飽和領域に分けられます。電流の流れない状態をオフ状態と呼び、この領域はしゃ断領域と呼びます。
能動領域(Active region)
能動領域では、ベース‐エミッター接合を順方向、コレクター‐ベース接合を逆方向にバイアスして動作しており、ベース電流の変化にほぼ比例してコレクター電流が変化します。
このため、電流増幅率 hFE は高く、ほぼ一定に保たれ、トランジスターは電流増幅デバイスとして動作します。
飽和領域(Saturation region)
外部回路によってコレクター電圧(VCE)が十分に低下すると、コレクター‐ベース接合も順方向にバイアスされ、トランジスターは飽和領域に入ります。
この状態では、能動領域で成立していたベース電流とコレクター電流の比例関係が崩れ、見かけ上の電流増幅率 hFE は低下し、hFE という指標が本来意味する「電流制御性」は失われています。
そのため、トランジスターは電流増幅ではなく、スイッチの「オン状態」として用いられます。
しゃ断領域(Cutoff region)
しゃ断領域では、ベース-エミッター接合が順方向にバイアスされておらず、ベース電流がほとんど流れないため、コレクター電流もほぼ流れません。
この状態をオフ状態と呼びます。
本FAQでは、これらの動作領域における内部動作の違いについて説明します。
図-1 バイポーラートランジスターの動作領域(能動・飽和・遮断)
能動領域では、ベース-エミッター接合(B–E)が順方向、ベース-コレクター接合(B–C)が逆方向にバイアスされます。このとき、エミッターからベースへ電子が注入され、ベース内部のエミッター側で電子濃度が高く、コレクター側で低く保たれるためベース内に濃度勾配が形成され、この濃度勾配に基づく拡散によって電子がコレクター側へ輸送されます。さらにB–C間接合の空乏層電界によって電子は効率よくコレクターへ回収されます。
以下では、この「注入 → 拡散輸送 → 回収」が成立するための条件と、その結果として I_Bと I_Cの比例関係(電流増幅)が成立する理由を整理します。
2-1. B–E順方向バイアスによる電子注入(入口条件:np(0)が上がる)
能動領域ではB–E間接合が順方向にバイアスされ、接合部のエネルギー障壁が低下します。その結果、エミッター側からベース側へ障壁を越えて移動できる電子が増え、ベース側への電子注入が増加し、接合端の少数キャリアー電子濃度 np(0) が高くなります。
この注入により、ベース側接合端では電子濃度が高く保たれる状態(np(0)が大きい状態)が入口条件として与えられます。以後の輸送は、この入口条件と、次節で述べる出口条件(コレクター側で低い電子濃度が保たれること)によって決まります。
a)無バイアス
b)順方向バイアス
図-2 無バイアス時および順方向バイアス時のpn接合エネルギーバンド図
無バイアス時と順方向バイアス時のpn接合エネルギーバンド図を示す。順方向バイアスにより接合部の有効障壁が低下すると、n型半導体からp型半導体へ障壁を越えて移動できる電子が増加する。その結果、p型半導体側への電子の供給が増え、接合端の少数キャリアー電子濃度 np(0) が増加する。
これはBJTに置き換えると、順方向バイアスによりベース領域のエミッター端の少数キャリアー電子濃度 np(0) が増加する(入口条件が上がる)ことに相当する。
補足)順方向バイアス時の接合端少数キャリアー電子濃度
無バイアス時のp型側少数キャリアー電子濃度を np0 とすると、順方向バイアス VBE 印加時の接合端濃度は
np(0) = np0 exp(qVBE / kT)
で表される。
2-2. ベース内の拡散輸送とB–C間接合での回収(出口条件:低濃度が保たれる)
注入された電子はベース領域内を拡散によって移動します。能動領域ではB–C間接合が逆方向にバイアスされるため、接合部には空乏層が形成され、内部にはコレクター方向へ向かう電界が存在します。ベース内を拡散してきた電子が空乏層端に到達すると、空乏層電界によって直ちに加速され、拡散による移動を経ることなく効率よくコレクターへ引き抜かれます(ドリフトによる回収)。
このように能動領域では、コレクター端では電子が空乏層電界によって速やかに引き抜かれるため、電子濃度が低い状態に保たれ(出口条件が固定され)、ベース内には入口(高)→出口(低)の濃度差(濃度勾配)が成立し、この濃度勾配により拡散輸送が安定して継続します。
図-3 NPNトランジスターのエネルギーバンド図(能動領域)
NPNトランジスターのエネルギーバンド図(能動領域)を示す。E–B間では濃度勾配に基づく拡散輸送が生じ、B–C間では空乏層電界によって電子がコレクター側へ引き抜かれる(回収される)。
2-3. ベース内のキャリアー損失(再結合)と注入の非対称性
2-3-1. 再結合による損失(ベース電流の起源)
ベースはp型半導体であり多数キャリアーとして正孔が存在するため、注入された電子の一部はベース領域内で正孔と再結合します。ベース電流には複数の成分がありますが、ベース領域内での再結合によって失われた電子キャリアーに対応する成分が、支配的な成分となります。
2-3-2. 注入の非対称性(エミッターからの電子注入が支配的になる理由)
NPN バイポーラ-トランジスターでは、エミッターは高濃度n型、ベースは低濃度p型として形成されます。このドーピングの非対称性により、B–E間接合を順方向にバイアスした際の注入は本質的に非対称となり、電子注入が支配的になります。
一方、正孔注入(ベース→エミッター)は、エミッター中の少数キャリアー正孔濃度が極めて低いため強く抑制されます。
2-3-3. ベース内での濃度勾配(拡散輸送を駆動する条件)
入口側(B–E接合端)では np(0)が高く、出口側(B–C接合端)では逆方向バイアスと空乏層電界により電子が速やかに引き抜かれるため電子濃度が低く保たれます。したがって、ベース内にはエミッター端からコレクター端へ向かう一方向の電子濃度勾配が形成され、この勾配が拡散電流を駆動して電子を連続的に輸送します。
2-4. ベース電流・コレクター電流と hFE の関係(なぜ比例が成立するのか)
能動領域では、注入された電子のうち
このとき、能動領域の動作条件(入口条件・出口条件)が保たれている限り、注入量に対する「再結合で失われる割合」と「回収される割合」は大きく変化しません。したがって、電子注入量が増えると、再結合による損失(IB)も回収される量(IC)も、ともに注入量に比例して増加します。これがIBの増加に応じてICが比例的に増加する物理的理由です。
この比例関係を表す指標が直流電流増幅率 hFE であり、
hFE = IC / IB
と定義されます。
このように hFE は追加的な増幅機構によって生じるのではなく、「注入・再結合・回収」というキャリアー輸送の結果として観測される量です。
2-5. 本章のまとめ(能動領域)
能動領域では、B–E順方向バイアスにより入口条件 np(0)が上がり、B–C逆方向バイアスにより出口条件が低い値に保たれます。この入口・出口条件によりベース内に濃度勾配が形成され、電子は拡散で輸送され、空乏層電界で効率よく回収されます。
一方、ベース内では再結合による損失が生じ、これが IB として観測されます。動作条件が保たれている限り損失割合は大きく変化しないため、IBと ICは注入量に比例して増加し、hFE が有効な電流増幅率として成立します。
前節では、能動領域において、エミッターから注入された電子キャリアーが、ベース領域内に形成される電子濃度勾配に基づいて拡散輸送され、ベース-コレクター接合の空乏層電界によってコレクターへ回収される電子輸送モデルを説明しました(詳細は2章参照)。
本章では、飽和領域において、この輸送モデルの前提となっていた境界条件がどのように変化し、その結果として電流増幅が成立しなくなる理由を整理します。
3-1. 飽和領域への移行:境界条件(出口条件)が変わる
飽和領域とは、ベース-エミッター接合が順方向にバイアスされた状態を保ったまま、コレクター電圧 VCE の低下によって、ベース-コレクター接合も順方向にバイアスされた動作条件を指します。
このとき、能動領域で成立していた「ベース-コレクター接合が逆方向バイアスされている」という条件は満たされなくなります。
その結果、ベース領域のコレクター端における電子濃度(出口条件)は、もはや低い値に固定されなくなり、電子輸送の前提条件が変化します。
3-2. 境界条件の変化が作る濃度分布の変化(濃度勾配の緩和)
能動領域では、ベース-コレクター接合が逆方向バイアスされているため、コレクター端の電子濃度は低く保たれ、ベース-エミッター接合端との間に大きな濃度差が形成されます。この結果、ベース内部にはエミッター側からコレクター側へ向かう明確な電子濃度勾配が形成されます。一方、飽和領域では、ベース-コレクター接合も順方向にバイアスされるため、エネルギーバンド構造の観点からも、能動領域とは異なるキャリアー輸送状態となります(図-6)。
能動領域では、ベース-コレクター接合は逆方向バイアスされており、電子は空乏層電界によってコレクター側へ引き抜かれます。一方、飽和領域では、この電界が弱まり、コレクター側からベースへの電子の供給もわずかに生じる状態となります。この電子注入はエミッターからの注入に比べて非常に小さいものですが、これによりコレクター側の電子濃度が上昇し、エミッター側との濃度差は小さくなります。これにより、ベース領域内に形成される電子濃度勾配は緩やかになり、この濃度勾配に基づく拡散輸送の駆動力は低下します。
この関係を図5に示します。
図-5 能動領域と飽和領域におけるベース内電子濃度分布(対数)
本図は、能動領域と飽和領域におけるベース内の電子濃度分布(対数スケール)を比較したものである。
能動領域では、コレクター側の電子濃度が低く保たれるため、ベース内には大きな濃度勾配(dn/dx)が形成されている。一方、飽和領域では、コレクター側の電子濃度が上昇することにより濃度差が縮小し、濃度勾配は緩やかになっている。
飽和領域の破線は、比較のために能動領域の電子濃度分布を重ねたものである。
なお、縦軸は、エミッター端の電子濃度 np(0) を 1(=10^0)とした相対値(対数スケール)で表している。
図-6 NPNトランジスターのエネルギーバンド図(飽和領域)
能動領域では大きな濃度勾配が形成されるため拡散輸送は効率的に行われますが、飽和領域では勾配が緩和されるため、電子の拡散輸送能力は低下します。
3-3. 濃度勾配の緩和による滞留時間の増加と再結合の増加
飽和領域でも、ベース-エミッター接合が順方向にバイアスされている限り、エミッターからの電子注入は継続しています。
しかし、前節で述べたように濃度勾配が緩やかになることで、ベース領域内における電子の拡散輸送速度は低下します。
この結果、電子キャリアーはベース領域内により長く滞留するようになります。
滞留時間が増加すると電子がベース中に長く存在するため、ベース中に存在する正孔との再結合が増加し、再結合によって失われる電子キャリアーの割合が大きくなります。
そのため、コレクター側に到達できる電子キャリアーの割合は低下し、ベース電流を増加させても、コレクター電流は能動領域のように比例的には増加しなくなります。
3-4. 回路として見た変化:hFEは指標として意味を失い、スイッチON状態となる
飽和領域では、ベース電流をさらに増加させてもコレクター電流は比例的に増加しません。この挙動は、図-7に示すエミッター接地回路の動作として理解することができます。
飽和領域では外部回路(負荷抵抗など)によってコレクター電位が低下し、その電位条件を前提として動作が決まります。 この結果、コレクター電流は主として外部回路によって制限される電流となり、ベース電流によって制御される量ではなくなります。
従って、飽和領域では
hFE = IC / IB
という比自体は計算できるものの、これはもはやコレクター電流がベース電流によって決まる量ではなくなるため、「電流増幅率」としての意味を持ちません。このような理由から、飽和領域のトランジスターは、電流を増幅する素子ではなく、回路的にはスイッチのON状態として動作します。
図-7 飽和領域におけるエミッター接地回路とキャリアー輸送の関係
エミッター接地回路です。コレクター電流が増加するにしたがって、VCEが小さくなります。
① ベース電流 IB を増加させる
② エミッター電流 IE が増加する
③ (負荷抵抗を介して)コレクター電流 IC が増加する方向に変化する
④ 外部負荷によってコレクター電位 VC(=VCE)が低下する(コレクター電流の増加に伴う電圧降下)
⑤ VCE の低下により B–C 間接合が順方向に近づき、ベース内部のキャリアー輸送条件が変化する
⑥ 電子濃度勾配が緩和し、滞留時間と再結合が増加する
⑦ その結果、IC は IB に比例して増加しなくなる
3-5. 本章のまとめ
飽和領域では、ベース-コレクター接合が順方向にバイアスされることにより、ベース領域の出口条件が変化し、電子濃度勾配が緩和されます。その結果、電子の輸送速度が低下してベース領域での滞留時間が増加し、再結合によって失われる電子キャリアーの割合が増加します。
このため、コレクター電流はベース電流に比例して増加しなくなり、電流増幅率 hFEは電流制御特性を表す指標としての意味を失います。
この状態では、トランジスターは電流増幅素子ではなく、スイッチのON状態として動作します。
なお、ここで述べたバイポーラートランジスターの「飽和領域」は、MOSFETにおける「飽和領域」とは物理的な意味が大きく異なります。バイポーラートランジスターの飽和領域は、電流増幅が成立しなくなり、素子がスイッチとして振る舞う状態を指しますが、MOSFETの飽和領域は、チャネルが形成されたオン状態の一形態であり、電流増幅の破綻やスイッチ動作そのものを意味するものではありません。
MOSFETの動作領域(遮断・線形・飽和)とその物理的意味については、以下のFAQで詳しく説明しています。
「MOSFETの動作原理と仕組み|遮断・線形・飽和領域をわかりやすく解説」
以下の資料にも関連する説明がありますので、ご参照ください。